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大阪高等裁判所 平成8年(ネ)2628号 判決

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金三四五七万五二四三円及びこれに対する平成五年四月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

四  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  申立て

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

原判決の「第二 当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。

第三  証拠《略》

第四  当裁判所の判断

一  当裁判所は、控訴人の本訴請求は理由があるからこれを全部認容すべきものと判断する。

その前提となる事実関係は、次のとおり加除・訂正するほか、原判決一四頁一行目から二六頁一〇行目までと同一であるからこれを引用する。

1 原判決一六頁三行目の「第九号証」の次に「第一三ないし第一六号証」を加え、同三行目及び四行目の各「第一回、第二回」を「原審第一、二回、当審」と改める。

2 同一七頁五行目の「代金」の前に「売却」を加え、同一八頁五行目の「(なお、」から同六行目の「行っていた。)」までを削り、同九行目の「完成させた。」の次に「また、このほかにも、クラトレ、帝人商事、山栄商事、クラトレのルートの環状取引も行われ、」を、同一〇行目の「在庫調整」の次に「(帳簿上のもの)」をそれぞれ加え、同一九頁二行目の「秋山は、そのことを告げることなく、他方、」を削り、同四行目の「問題なく」を「問題になることなく」と、同二〇頁一一行目の「実際の商品の授受の確認や」を「代金支払のために山栄商事が振り出す」と、同二一頁一行目の「山栄商事」から同行末までを「山栄商事が振り出す手形の決済日は、被控訴人が代金支払のために控訴人に対して振り出す手形の決済日の約一か月後とする。」と、同五行目の「この話を了承した」を「この話を了承して、被控訴人に右取引をすることを提案し、被控訴人は、稟議を経た上、右取引をすることとした。」とそれぞれ改め、同七行目末尾の次に「また、被控訴人は過去に一度位良平の紹介によって山栄商事と取引をしたことがあったが、その際には電話等による接触もしたことがなく、右取引の開始に当っても、山栄商事とは何らの接触も行っておらず、山栄商事に対する特段の信用調査をした形跡もない。」を加え、同九行目の「このよう」から同二二頁一行目の「しなかった」までを削る。

3 同二三頁六行目の「出荷案内書」の次に「(出荷先の記載はない。)」を、同八行目の「送付した」の前に「被控訴人に対し」を、同二四頁一行目の「返送した」の次に「(その際、被控訴人は直接山栄商事に本件商品の納入の有無につき確認はしていない。)」を、同七行目の「振出交付したものの、」の次に「平成四年一一月中ころ、良平から同月末に交付すべき本件商品(三)及び(四)の支払手形の発行を一月遅らせるよう指示があった後、後記のようなトラブルが発生したことから、」を、同九行目の「約束手形を」の次に「良平を通じて」を、同末行の「そのころ、」の次に「クラトレの永井部長から被控訴人足利支店に、クラトレとの取引で被控訴人に迷惑がかかっていないかとの電話での問い合わせがあり、他方、」をそれぞれ加え、同行の「クラトレの永井」を「同」と改め、同二五頁一行目の「、本件取引に関する商品が実在しなかったこと」を削り、同二行目の「勇を」から同四行目の「告白した。」までを「おいて、勇に対し右事実を告げ、」と改め、同五行目の「勇は、」から同六行目から七行目の「主張し、」までを削り、同七行目の「良平は」を「良平において」と改める。

二  業者間の売買において、売主と買主との間ですでに実質的に成立している売買に商社等が介入し、介入した商社等が売主から商品を買い受けて買主に転売する形式をとるものの、実質的には介入した商社等がマージンの名目で利息や手数料を受け取って売主又は買主に融資又はリスクの引受けをするという取引が行われることがあって、このような取引を業者間では、つけ売買、資金被り売買などと呼んでおり、さらには、最初の売主が自らの資金繰りや帳簿上の在庫調整等のため、複数の商社等を順次介入させた上、最終的には自らが買主となって、介入取引の円環が形成されることもあって、このような取引を環状取引と呼んでいる。この取引においては、取引を計画する最初の売主の目的が資金繰りや帳簿上の在庫調整であるところから、取引の参加者が合意の上で、商品の受渡しを省略して、伝票等の授受のみで取引を行い、最初の売主と最後の買主が一致して円環が形成されたときに受渡しがすべて完了したものとする処理を行うことがあるとされているが、取引の目的が右のようなものである上に、取引を計画した最初の売主が買主となり、商品の現実の受渡しの必要性が乏しいことからすれば、環状取引であることを知って取引に参加する者の間では、明示的に、そうでないとしても黙示的に右のような処理をする旨の合意をするのがむしろ一般であると考えられる。

そして、本件売買契約が、従来から行われていたクラトレ、控訴人、帝人商事、クラトレを循環する環状取引において、クラトレと帝人商事間の取引が増えるのは好ましくないとの理由から、その一部を被控訴人に移したものであることは前記認定のとおりであるから、本件売買契約(以下「本件取引」ともいう。)が環状取引の一部であることは明らかである。

三  ところで、控訴人が、本件取引は環状取引であるとして、これを前提に、被控訴人に対して売買代金を請求するのに対し、被控訴人は、本件取引が商品の現実の授受を伴う現物取引であると信じていたものであって、環状取引であることは知らなかったと主張するので、まず、この点について検討する。

1 確かに、良平は、本件取引が環状取引であることを勇に話していない旨証言している。

しかしながら、通常の売買に介入する商社等は、介入に伴って当然負わなければならない売主としての義務を履行し、自己の買主に対する代金債権を確保するために、取引の目的である商品の内容、数量、受渡しを確認し、さらには、買主の信用状態の確認をして、はじめて、自己の売主に対して代金を支払う(又は代金支払いのための手形を交付する)ようにしているものと考えられ、また、そうするのが取引の常識と考えられるところ、被控訴人は、控訴人から出荷案内書、請求書、受取書が送付されても、山栄商事から納品の確認をとらないばかりか、受取書すら徴収せずに控訴人に受取書を送付していること、控訴人から被控訴人に送付された出荷案内書には出荷先の記載がなかったにもかかわらず、被控訴人はその点を控訴人に現実に確認していないばかりか確認しようともしていないこと、また、被控訴人は、山栄商事とは電話による接触も行っておらず、山栄商事に対する特段の信用調査もしていないことは前記認定のとおりであり、右のような被控訴人の本件取引に対する態度は、良平が勇に対し、山栄商事への商品の引渡及び山栄商事からの代金の回収は良平の方ですると言ったということを考慮に入れたとしても、環状取引であることを知らない者の態度としては極めて不自然というべきである。

また、売買の当事者の一方又は双方が商社等に介入の要請をするのは、商社等の資金力又は信用の利用が目的であると考えられるが、勇は控訴人が資金繰りのために介入を求めているというようなことは聞いていないというのであって、本件取引が控訴人・山栄商事間の通常の売買に介入したものであるとすると、なぜ控訴人が控訴人・山栄商事間の売買に介入することを要請したのか、その目的が不明であり、この点も不自然である。

さらに、良平が本件取引を被控訴人に紹介したのは、帝人商事を定年退職した後、被控訴人に就職ができるようにするためであること、秋山の行方不明が判明した後、良平が控訴人代表者に対し、本件売買契約の買主としての地位を帝人商事に移行させることの承諾を要請したことは前記認定のとおりであって、良平は、帝人商事定年退職後の被控訴人への就職に不利になるのを恐れて、帝人商事に対する背任にもなりかねない行為を敢行しようとしていたものであり、右事実は、良平が証人として証言する際にも、被控訴人に有利になるように意図的な証言をしたのではないかとの疑いを抱かせるものである。

以上述べたところからすると、本件取引が環状取引であることを勇に話していないという良平の証言は措信することはできない。

2 さらに、良平は、本件取引については、商品の裏付があり、架空の取引であるとは思わなかったとも証言しているが、秋山は、控訴人の有限会社チャーミー(以下「チャーミー」という。)に対する売買代金請求訴訟(東京地裁平成五年(ワ)第五六二三号事件で、クラトレ、控訴人、チャーミー、エフワイ商事で円環を形成する環状取引が問題となった事案)において、証人として、当初在庫調整のため行っていた環状取引を何回か回転させているうちに、商品の単価が上がりすぎて不自然になり、そのため、商品が在庫以上にあるような処理をするようになって、次第に架空取引の割合が増え、平成四年ころには、八ないし九割の取引が架空取引となり、控訴人との取引はすべて架空であった、控訴人はイレギュラーな取引だとわかっていたと思うが、架空取引だということは認識していなかったと思う、チャーミーに対しては架空取引であることを話したと証言しているところ、良平は、前記認定のように、昭和六二年ころに秋山から依頼されて、クラトレを中心とする環状取引に、自ら勤務していた帝人商事を介入させ、数年にわたって右取引を継続させてきたものであるから、秋山の証言するように商品の単価が不自然に上がっていく様子や商品の数量が異常に増加していったことを知悉していたはずであり、また、前記認定のとおり、秋山とは同僚であったこともあり、秋山と話し合った上で、本件取引を被控訴人に紹介したことに照らしても、秋山との間に密接な交渉があって、クラトレを中心とする環状取引に深く携わってきたことが推認され、本件取引が架空取引とは思わなかったとの前記良平の証言についても、にわかに措信し難いものがある。

3 また、勇は、本件売買は、機屋である控訴人が製造した布団側生地を買い取って、寝装用繊維製品等の卸売業者である山栄商事に転売するもので、商品は控訴人から山栄商事に直送され、その確認を良平が行うと良平から聞いたので、そのとおり信じていた旨証言している。

しかしながら、勇は、商品の受渡しの確認を良平が行っていたと証言するものの、具体的にどのように確認するのか、あるいはどのように確認したかについて何も述べておらず、結局のところ、良平が現物の商品が動いているものだと思っていたと言うのを信じたと言うのにすぎないところ、勇の証言によっても、被控訴人が商品の受渡しを伴う通常の売買に介入し、伝票の授受のみによる取引をした際には、被控訴人の担当者が商品の受渡しの確認を行っていることが認められ、右事実と比べると、兄である良平から商品の受渡しの確認は自分がすると言われたとしても、本件取引の金額に照らすと、前記認定のとおり、商品の内容や商品の受渡しに全く関心を示さず、自ら山栄商事に対する接触さえもしないというのは、通常の売買に対する介入取引を担当する者として、さらには、被控訴人の支店長を勤める経験の深い商社員としては、あまりにも杜撰であり、極めて不自然というべきである。

加えて、勇は、前記のとおり、クラトレの秋山が行方不明になったと聞いただけで、良平とともに福井県の控訴人本社に赴き、トラブルとなった本件取引を帝人商事との取引に移行させようとしているが、勇において、本件取引が秋山が計画したクラトレ、控訴人、被控訴人、山栄商事、クラトレと循環する環状取引の一環であることを知らなかったとすると、なぜこのような行動をとったのかが疑問となり、この点に照らしても、勇の前記証言は措信できない。

4 以上の認定・説示からすると、勇が本件取引を環状取引であることを知らなかったとは到底認められず、前記認定の各事実、ことに、秋山、良平、勇の関係、秋山と良平が環状取引を行っていた期間、右環状取引の一部を帝人商事から被控訴人に移して被控訴人が本件取引を行うようになった経緯、本件取引に対する勇の対応等の事実に照らすと、勇は本件取引がクラトレ、控訴人、被控訴人、山栄商事、クラトレを循環する環状取引であったことを知っていたものと推認され、さらに、前記二で述べたような環状取引における商品の受渡しに関する一般の扱い及び勇の本件取引に対する対応に照らしても、勇は、本件取引について商品の受渡しを省略して伝票の授受のみで行うことを、少なくとも黙示的に承諾していたものと推認するのが相当である。そして、被控訴人の足利支店長である勇が知り、かつ承知していた以上、被控訴人もこれを認識、承諾していたといわざるを得ない。

そうすると、前記一及び二で認定したとおり、本件売買契約が成立している以上、被控訴人は、控訴人に対し、商品の引渡を求めたり、その引渡のないことを理由として売買契約を解除することはできず、また、商品の現実の引渡が予定されていない以上、商品の存在は契約の要素であるとはいえないから、本件契約が錯誤により無効であるともいえない。

したがって、被控訴人は、控訴人に対し、本件商品(三)ないし(六)の代金の合計金三四五七万五二四三円及びこれに対する弁済期日の翌日以降であることが明らかな平成五年四月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による金員を支払う義務があるといわざるを得ない。

第五  結語

以上の次第で、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は認容すべきであるところ、これと異なり、控訴人の請求を棄却した原判決は不当であるからこれを取り消して、控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六七条二項、六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笠井 昇 裁判官 永田真理 裁判官 岡原 剛)

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